官邸の防御ライン破綻、苦しい弁明続く~加計学園問題

2017-06-01

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 加計学園問題について、朝日新聞が「首相のご意向」と記された文科省の行政文書をスクープし、さらに当時文科省事務次官だった前川喜平さんが「文書は本物」「手続きがゆがめられた」と朝日新聞との単独インタビューで語ったとき、私は官邸がとりうる防御策は3つあると考えていました。それは、

第1に文書の存在自体を否定すること
第2に文書内容の信頼性に疑問を呈すること
第3に首相の概括的な指示は認めた上で、高度な政治判断を強調すること

――でした。

 この3つのポイントに沿って、官邸は有効な反論をなしえているのか、整理してみました。

 ご承知の通り、朝日新聞が文書をスクープしたとき、官邸は(1)で食い止める作戦に出ました。「そんな文書はない」といって押し切ろうとしたのです。しかし、文書の体裁や言い回し、記載内容に不自然な点はなく、マスメディアだけでなく、多くの官僚や(与党も含めた)政治家がこの初報の段階で「文書は本物であり、存在する」という強い心証を持ったと思われます。

 そこに前川さんのインタビューが追い打ちをかけました。役人のトップであった前事務次官が日付や経緯も含めあれだけ詳細な証言したのです。常識的なレベルでは、文書が存在し、内容が事実であることはこの時点で、ほぼ証明されたと言ってよいでしょう(仮に裁判で文書の存否が争われたとしても、あの前川証言があれば裁判所は確実に文書の存在を認めるはずです)。

 そこで、官邸は前川さんの「スキャンダル」を暴露し、証言の信用性を低下させるゲリラ戦に打って出ました。しかし、前川さんの人柄をよく知る人々の反論が相次いだほか、菅官房長官のあまりに露骨な人身攻撃に対する反発も強まり、失敗に終わりました。火付け役だった読売も、少し前からこの「スキャンダル」にはほとんど触れなくなっています。

 官邸も(1)のラインがすでに破られたと暗に認めているフシがあります。最近の新聞報道や国会答弁を注意して読んでみてください。「文科省がないと言っている」「共用ファイルの中になかった」などの言い逃れ的な釈明はあっても、正面から文書の存在を否定し、「朝日新聞が報道した文書は偽物、前川氏はうそをついている」というような主張はだれもしていません。

 こう考えると、(おそらく菅官房長官が指揮した)第1の作戦は最悪の選択であったことがわかります。現在、おそらく多くの国民は文書は本当はあると思っていますが、政府はその存在を否定し続けなければならない事態に陥っているからです。いまさら、「実はありました」と言えば、自ら「うそつき」であることを認めたことになり、政権にとって命取りになりかねません(文書が新たに発見されたことにして、調査を十分にしなかった文科省のせいにすることもできますが、確実に文科相の首が飛ぶでしょう)。

 ところで、前川さんの証言からしばらくたって、首相や官邸に近いとされている政治評論家、ジャーナリストのなかに、「あったとしても正式の文書ではなくメモのようなもので信用できない」「文科省の受け止め方を記したものであって、実際に内閣府がそう言ったかどうか別問題」という趣旨の発言をする方が出てきました。これは(1)の防御ラインが破れたため、(2)の文書内容の信頼性に土俵を移して争おうとする兆候なのかもしれません。

 ただ、この論も無理がありますね。確かに、役所は国民やマスコミには役所の宣伝したいことを大げさにアピールする反面、都合が悪いことはなるべく小さく扱ったり、隠そうとしたりします。しかし、それはあくまで外部に公表する、よそ行きの文書の話です。

 今回問題になっているのは、他省庁との協議内容を役人のトップである事務次官に(そしておそらくは大臣や高等教育局長にも)説明・報告する内部文書なのですよ。そんなところに、事実と反する情報を記すはずがないではありませんか。もちろん、一般論としては言った側と聞いた側に若干のニュアンスの差はあるかもしれませんが、仮にあったとしてもごくわずかでしょう。文書の内容はほぼ100%事実であると言って差し支えないと思います。

 こんなことは、与党の政治家も霞が関の役人もみんな知っています。だから、口に出しては言いませんが、そこに書かれているやりとり(「首相のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」)が本当になされたものだと、内心は思っているはずなのです。与党が前川さんの証人喚問に応じないのは、文書が存在してその内容は事実だということが明らかになるだけだ、とみているからでしょう。証人喚問を拒否する理由を問われた与党の幹部(竹下さん)が「必要ないということが、その理由だ」としか答えられなかったのも、以上のような事情を裏付けています。

 実は、官邸側としては防御ラインの(3)が一番守りやすのではないか、と私は思っていました。読売新聞の社説も(1)(2)の防御ラインの維持は難しいと判断したのか、「規制緩和は安倍政権の重要政策であり、仮に首相が緩和の加速を指示しても問題はあるまい」(2017年5月27日付)などとかなり早い時期からこの論点を取り上げていましたし、官邸に近いとされる2、3のコメンテーターが同趣旨のことを述べていました。

 しかし、今回のケースでは、私はそういう反論は通用しないと思います。長くなってきたので、要点だけ申し上げますが、高度に政治的な事柄をトップダウンで決定すること、前例踏襲主義に陥りがちな省庁の壁を突破するために戦略特区をつくることは、一般論としてはまったく問題ないと思います。
 ただ、それは首相がそうしろといったから、それでよしというようなものではありません。それでは法治国家ではなくて、中国のような人治の国になってしまいます。
 この問題に関しては、先に獣医学部新設の4条件が閣議決定されていました。閣議決定とは、重要事項についてなされる内閣の意思決定のことです。憲法上、行政権は内閣にあるので、首相といえども、閣議決定が有効である限り、この4条件には従わなければなりません。もちろん、行政機関の1つである文科省もしかりです。
 ことろが、文科省の事務次官であった前川さんは「4条件はとても満たされているといえるような状態ではなかった。何度も無理だといったが、首相の意向だといって押し切られた」(要旨)と証言し、そのやりとりを記した朝日新聞報道の文書を文科省が作成した本物だと認めているのです。

 会社を例にして言えば、こういうことです。代表取締役(社長さん)は会社で一番偉い人ですが、会社法では重要な事柄(例えば、新しく支店をつくるとか、大きな借り入れをするとか)については取締役会で決めなければいけないことになっています。ところが、社長さんが取締役会の決議を無視して、あるいは自分の腹心である取締役とだけ相談して勝手に物事を進め、トラブルになることがありますね。社長さんが首相、取締役が内閣と考えれば、何が問題なのかわかりやすいでしょう。
 
 もし、官邸にやましいことがないのであれば、最初の段階で文書の存在を認めて、「トップダウンで決めて何が悪いのですか」「戦略特区というのはそういうものなのですよ」とオープンに言えばよかったのですが、そうはしなかった。安倍首相の国会答弁を聞いていると、国家戦略会議で自然に出てきて固まった事柄を自分が追認しただけ、といわんばかりです。この文脈では首相が好きなリーダーシップのリの字も出てきません。

 そのかたくな姿勢は私の目にはかなり異様に映りますが、この点を譲ってしまうと、官邸が強引なやり方をしたと認めることにつながると判断しているのかもしれませんね。あるいは、加計学園の理事長が安倍首相のとても親しいお友達であることは公知の事実ですから、安倍首相が閣議決定の4条件を無視して特別の便宜をはかったと批判されるのをおそれているのでしょうか。いずれにせよ、安倍首相も官邸も今のところ、この(3)の防御ラインは戦わずして放棄しているように見えます。

 以上、考えられる3つの防御策は、事実上いずれも破綻していると思います。官邸は強気の姿勢を崩していませんが、本丸は丸裸です。

 それでは、事態は動くのでしょうか。わかりませんが、与党が絶対多数を握っているので、理詰めの議論が数の力で押さえ込まれているのが現状ですね。ただ、内閣支持率が急落するとか、自民党が都議選で大敗するなどすれば、政府や与党の態度も変わってくるかもしれません。
 安倍政権を成立させたのは、国民です。最終的には、世論の動向がカギを握っています。
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プロフィール

hiroshi

Author:hiroshi
久保谷洋(くぼたに・ひろし)
ジャーナリスト、翻訳家。
元朝日新聞東京社会部記者、元朝日学生新聞社出版担当。タイトルはブログを始めたときの肩書きが「出版担当の役員」だったときにつけたものです。ある程度定着しているので出版担当をやめた後も、そのままにしています。2016年4月~外務省研修所非常勤講師(オランダ語担当)。

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